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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)56号 判決

原告 浅田洋治

被告 亀戸労働基準監督署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告が原告に対してした昭和四九年六月一二日付の労働者災害補償保険法による休業補償給付をしない旨の処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外石川島播磨重工業株式会社(以下「会社」という。)東京第二工場に造船取付工として勤務していた者であるが、昭和四七年八月一九日午後四時五〇分ごろ、会社構内において、会社からの退場に際してタイムカード打刻の手続を行おうとしたところ、会社の入退場手続について労使間に意見の違いがあり、原告らは会社の勤労課員及び警備員からタイムカード打刻を阻止され、その際、原告は警備員らから投げ飛ばされるなどの暴行を受け、左第二・三指末節骨骨折の傷害を負つた。

原告は、右傷害のため同年八月二八日及び九月五日から同月一八日まで休業したので、同年一〇月一六日、被告に対し、労働者災害補償保険法に基づき右休業期間中の休業補償給付の請求をしたところ、被告は、昭和四九年六月一二日、原告の災害は業務に起因するものではないとして右休業補償の給付をしない旨の処分をした。

2  しかし、右処分には、次のとおり、業務に起因する原告の負傷を業務に起因しないとした違法がある。

(一) 会社就業規則一三条は、始業時刻を八時、終業時刻を一六時三〇分、休憩時間を一二時から一三時までと定め、同二三条は、出勤は始業時刻まで五〇分間に、退社は終業時刻後五〇分間になすべきものと規定し、また、同二八条は、出勤、退社、出張、外出、遅刻及び早退のための入退場手続については別に定めると規定している。そして、これを受けた「従業員入退場手続」二条は、入退場するときはタイムカードを用いるものとする旨を定め、同三条は、就業日に始業時刻後三〇分以内に出勤するとき及び就業日に終業時刻後に退社するときはタイムカードを用い所定のカード場において刻時するものと規定している。

したがつて、会社は、従業員に対し、出勤又は退社のときは、タイムカード場でタイムレコーダーを用いタイムカードに刻時することを労働契約上義務づけていたものというべきである。

(二) 会社は、昭和四七年八月一七日、「新勤務制度」と称して、タイムカード制を廃止し、各職場ごとに午前八時に開始するラジオ体操に参加しない場合は遅刻にするという制度に変更した。なお、退社については、工場内に五つのポイントを定め、その地点ごとに作業を終了しロツカールームへ向うときの通過時刻を決めた。これによつて、タイムカードにかわつて、残業時刻を自分で勤務表に記入することに変更した。

原告の所属する全日本造船機械労働組合石川島分会(以下「石川島分会」という。)は、「東二工場は広大な敷地を有し、各職場は散在しているところから、従業員が午前八時までに各所定の体操場所に到着するためには、従来より約一〇分ないし一五分早く入門しなければならず、また、退社も約一〇分遅れざるを得ない。したがつて、労働条件の不利益変更であり、現状では合意することができない。」という態度を表明したが、会社は、石川島分会との合意を得ることなく、一方的に、多数派組合である石川島播磨重工労働組合東京支部(以下「石播労組東京支部」という。)との合意ができたことを理由に、新勤務制度を強行実施した。

(三) しかし、右新勤務制度は、石播労組東京支部と訴外会社との間の労働協約である昭和四七年八月一二日付「東二工場就業に関する覚書」によつて実施されたものであり、これは石播労組東京支部の組合員に対しては適用され、就業規則がそのとおりに変更されたといえるが、右支部と別個独立の組織である石川島分会の分会員には適用されないのである。すなわち、多数派の労働組合が一つの事業場の四分の三以上の労働者を組織していたとしても、労働組合法一七条の労働協約の一般的拘束力は、別個独立の組合の組合員には及ばないのであるから、石川島分会の分会員との関係においては前記協約が適用されることはなく、したがつて、タイムカード制を定める就業規則が変更されることはないのである。ことに、右新勤務制度は、少数派組合である石川島分会との十分な団体交渉をつくさないまま、強行実施されたものであり、このように労働者の団結権、団体交渉権を侵害してされた新勤務制度が石川島分会の分会員を法的に拘束することはできない。

(四) そこで、石川島分会は、会社の右新勤務制度の強行実施は違法であつて、新勤務制度は分会員には適用されないとして、分会員は従来の方法による出退勤手続を行う旨を決定した。

(五) 原告は、石川島分会の右決定に従い、昭和四七年八月一九日の午後四時五〇分ごろタイムカードの打刻をしようとして、前記のとおり、傷害を被つたものである。

(六) 一般に労働者が会社施設内において、入退場時にタイムカードに打刻するに際して負傷した場合、この負傷が業務上の災害となることに異論はない。

そして、この場合、労働組合がタイムカードの打刻を組合員たる労働者に指示し、その労働者がタイムカード打刻に際して負傷したとしても、この負傷が業務上の災害となることに問題はない。

本件において、会社が強行実施した新勤務制度は違法無効なものであり、原告のタイムカード打刻行為は、就業規則及び労働契約に基づくものであるから、タイムカード打刻に際する本件負傷は業務上の災害となるものというべきである。

3  原告は、被告の右処分を不服として、東京労働者災害補償保険審査官に審査請求したが、棄却され、更に昭和五〇年一月三一日労働保険審査会に再審査請求をしたが、昭和五三年一二月二七日棄却の裁決がされ、昭和五四年二月二八日右裁決書の謄本が原告に送付された。

4  よつて、原告は、被告のした本件休業補償給付をしない旨の処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1のうち、原告が警備員らに投げ飛ばされるなどの暴行を受けたこと及び原告がその主張の日に休業したことは、不知、その余は認める。

なお、会社の入退場手続について意見の違いがあつたのは、石川島分会と会社との間においてであつて、多数派組合である石播労組東京支部と会社との間には意見の相違はなかつた。

2  請求原因2の本文は争う。

同2の(一)のうち、会社就業規則及び「従業員入退場手続」の各規定が原告主張のとおりであつたことは認めるが、その余は争う。

同(二)のうち、会社が原告主張の日にその主張のような新勤務制度を実施したことは認めるが、その余は争う。

同(三)のうち、新勤務制度が原告主張の労働協約に基づいて実施されたものであることは認めるが、その余は争う。

同(四)は認める。

同(五)は認める。

同(六)は争う。

3  請求原因3のうち、再審査請求を棄却する裁決書が原告に送付された日は不知、その余は認める。

4  請求原因4は争う。

三  本件処分の正当性に関する被告の主張

1  会社と石播労組東京支部との間の労働協約である昭和四七年八月一二日付「東二工場就業に関する覚書」は、新勤務制度の基本的事項を規定したものであり、就業規則の入退場手続に関する規定で右覚書の定める新勤務制度に反する部分は、労働基準法九二条一項の規定により無効となつたものというべきである。

そして、右覚書締結の一方の当事者である石播労組東京支部は、労働基準法九〇条一項に規定する「労働者の過半数で組織する労働組合」であり、右覚書の締結それ自体新勤務制度について「その意見を聴いたもの」と認められるから、同項の規定する就業規則の変更手続の要件を充足しているものと認められる。また、従業員に対する周知については、昭和四七年八月一一日以降、「新勤務制度の実施について」の文書を従業員に配布している。

以上により、新勤務制度の内容であるタイムカード制から自己申告制への勤務制度の変更は、就業規則の効力の面からみて有効に成立していたものである。

2  右のように、会社においては、当時、タイムカードによる始終業時間管理制度は廃止されて、前記のような新勤務制度が実施されていたものであるところ、本件負傷は、新勤務制度に反対の立場をとつた組合が、タイムカード制はまだ実施されているという独自の解釈のもとに、新勤務制度に反対の意思を表示し、これに抗議するためにタイムカードの打刻を組合員に指示し、これに従つた原告がタイムレコーダーに近づこうとして会社側の勤労課員等に詰め寄り、これと押しくらをしているときに生じたものである。しかも、原告が同日使用していたタイムカードは、東京第二工場から支給されていたものではなく、組合作成のタイムカードであり、打刻しようとしたタイムレコーダーも、原告ら東京第二工場に所属する従業員の使用するものではなく(原告が従来打刻するよう指示されていたタイムレコーダーは当時すでに廃止され、会社によつて撤去されていた。)、東京第三工場の従業員が使用する第二・第三共同ビルのタイムレコーダーであつた。

3  労働者災害補償保険法一四条一項にいう業務上の死傷又は疾病と認められるためには、一般に、その死傷又は疾病が職務遂行性と職務起因性の二つの要件を満たしていることが必要とされる。

まず、職務遂行性とは、労働者が労働関係のもとにあること、すなわち、労働契約に基づき事業主の支配下にあることをいう。この職務遂行性の具体的内容を考察すると、(一) 事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあつて職務に従事している場合、つまり業務行為及びそれに伴う一定の行為を行つている場合、(二) 事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあるが、職務に従事していない場合、つまり事業場施設内で自由行動を許容されている場合(例えば休憩時間中)、(三) 事業主の支配下にあるが、管理下を離れて職務に従事している場合、つまり、出張用務、貨物・旅客等の運送業務その他事業場外で用務に従事している場合及びこれらに伴う通常の又は合理的な範囲内の行為をしている場合、の三つに大別されるが、要するに、職務遂行性とは、職務に従事するか、又は、現に職務に従事していなくても事業主が指揮監督をなし得る余地があり、その限りで事業主の支配下にある場合をいうのである。

次に、職務起因性とは、その事故が当該職務に内在している危険の現実化したものと経験則上認められるものであり、当該職務と災害との間に相当因果関係があることを必要とするのである。

しかるに、原告の本件負傷は、使用者の支配(管理)下にあることに起因して生じた災害ではなく、組合の指示に基づく、組合の支配下にあることに起因して生じた災害であるから、右の二つの要件をいずれも欠くものであつて、業務上の災害ということができない。

4  したがつて、本件負傷を業務上の災害でないとした本件処分は、正当である。

四  処分の正当性の主張に対する原告の認否

1  処分の正当性の主張1のうち、被告主張の労働協約が新勤務制度の基本的事項を規定したものであること、石播労組東京支部が労働者の過半数で組織する労働組合であること、及び、会社が「新勤務制度の実施について」の文書を従業員に配布したことを認め、その余を争う。

2  同2のうち、組合が新勤務制度に反対の立場をとり、被告主張のような指示をしたことを認め、その余は争う。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告は、会社東京第二工場に造船取付工として勤務していた者であるが、昭和四七年八月一九日午後四時五〇分ごろ、会社構内において、会社からの退場に際してタイムカード打刻の手続を行おうとしたところ、会社の勤労課員及び警備員からタイムカード打刻を阻止され、その際、左第二・三指末節骨骨折の傷害を負つたこと、原告が、被告に対し、右傷害のため休業した期間の休業補償給付の請求をしたところ、被告は、昭和四九年六月一二日、右傷害は業務に起因するものではないとして、休業補償の給付をしない旨の処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告が右傷害のため休業した期間は、同年八月二八日及び九月五日から同月一八日までの期間であつたことが認められる。

二  そこで、以下、被告のした右休業補償給付の不支給決定の当否について検討する。

証人唐沢脩の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし五及び同第八号証の一ないし六、原本の存在及び成立について当事者に争いのない乙第七号証及び同第一三号証の一ないし三、成立につき当事者間に争いのない同第八号証ないし第一一号証、証人唐沢脩の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

会社第二工場における従業員の始終業の時間管理は、従来、タイムカードによるものとされ、始業時刻である午前八時までにタイムカードを打刻すれば遅刻とならず、また、終業時刻である午後四時にタイムカードを打刻して退場すれば正規の就業を終えたものとして取り扱われていたが、会社は、昭和四七年八月一七日、隔週週休二日制の実施に伴う就業時間充実対策の一環として、東京第二工場に限つて右のタイムカードによる始終業時間管理制度を廃止し、新たに自己申告制に基づく新勤務制度を実施した。この新勤務制度は、午前八時に所定の体操場所で体操を開始することをもつて始業とし、この時点で班長が出勤の確認を行い、それ以降は遅刻とするが、但し、当分の間は体操後の作業指示までに間に合つた者は遅刻扱いとしないこととし、また、終業は、五ブロツク別に定めた時刻(午後四時三〇分前四分ないし八分)をもつて作業を終了してロツカールームに向い、班長がこれを確認することとするものであつた。ところで、当時、会社の東京地区には組合員約三〇名の石川島分会と組合員約一万二〇〇〇名の石播労組東京支部とがあつたが、会社は、右石播労組東京支部との間に昭和四七年八月一二日付で、新勤務制度の基本的事項を規定した「東二工場就業に関する覚書」、「東二工場就業状況に関する確認」、「東二工場就業に関する議事録確認書」等の労働協約を締結し、また、従業員に対して同月一一日以降「新勤務制度の実施について」と題する文書を配布し、その内容の周知につとめたが、少数組合である石川島分会との間においては、団体交渉が妥結しなかつたため、労働協約の締結にいたらず、同分会は、新勤務制度を実施すると、従業員は従来より約一〇分ないし一五分早く入門し、退社も約一〇分遅れざるを得ないこととなるから、労働条件の不利益変更になるとして、これに反対する意向を表明した。しかし、会社は、前記のとおり、新勤務制度を実施したため、分会は、これに抗議する意思を表明することとし、分会において自らタイムカードを作成し、これを使用してタイムレコーダーの打刻を行うことを組合員に指示した。原告は、この分会の指示に従い、新勤務体制の実施された同月一七日の出勤時には、原告ら第二工場に所属する従業員の使用するものではなく、東京第三工場の従業員が使用する第二・第三共同ビルのタイムレコーダーで、組合の作成したタイムカードに刻時し(原告が従前使用していた東京第二工場のタイムレコーダーは、会社側によつて既に撤去されていた。)、同日の退場時には、既にタイムカード制は廃止されているとする会社側の勤労課員や警備員らと押問答をくり返した末、右共同ビル内のタイムレコーダーで刻時して退社したが、翌一八日の退場時には、会社の警備員らに阻まれて刻時することができなかつた。それにもかかわらず、原告は、一九日の退場時に再び右共同ビル内のタイムレコーダーで刻時しようとして、他の分会員数名と共に右タイムレコーダーの設置されている場所に赴こうとしたところ、会社側の勤労課員及び警備員らがこれを阻止しようとしたため、同人らともみ合いとなり、原告らは、スクラムを組んだ右警備員らに対して激しい勢いで体当りを加え、これを足蹴りするなどしてもみ合い状態が続き、さらに、原告ら分会員の一人が警備員の一人をスクラムから強引に引きずり出したのに原告も加勢したが、これに対して警備員らが原告らを取り囲んで右警備員から原告らを引き離そうとしてもみ合つたりし、その際、原告はその手指を地面のコンクリートで強打して本件傷害を負つたものである。

以上の事実が認められる。

右認定したところによれば、本件傷害は、原告が分会の指示に従い会社に対して抗議の意思を表明するため、会社側の制止するタイムカードの打刻を強行しようとして生じたものである。ところで、タイムカードの打刻は、会社がその廃止を宣言し、始終業の時間管理について他の方法を提供しているような場合には、会社側の制止を排除し暴行を働いてまでなすべきものではなく、その意味で、会社側の制止を排除し暴行を働く際に生じた本件災害は、タイムカードの打刻に内在しこれに通常伴うような危険に基づいて生じたものということはできず、むしろ、原告が会社側の制止するタイムカードの打刻を強行しようとして自ら作り出した危険に基づいて生じたものといわなければならない。そして、このように、労働者が逸脱行為をして自ら作り出した危険に基づいて生じた災害は、たとえ業務の遂行を目的とする行為の際に生じたものであるとしても、当該業務との間になんら相当因果関係はないというべきであるから、原告の主張するようにタイムカード制が有効に廃止されたものであるかどうかについて判断するまでもなく、本件災害には業務起因性がないものといわなければならない。

そうすると、本件災害が業務に起因するものではないことを前提としてされた被告の本件処分は適法であつて、同処分には原告の主張するような瑕疵はないというべきである。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 相良朋紀 須藤典明)

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